お遍路

歩きdeお遍路 4日目【第13〜17番札所】

soueeeei

2023年6月9日(金) 天気【晴れ】

朝5:40に設定していた目覚ましで起きることが出来た。1:00過ぎに就寝したので、少し眠い。朝食を6:00からで宿の人にお願いしてしまったので遅れるわけにはいかない。

寝ぼけ眼でいると、5:50頃に宿の人から声がかかった。少し早いのは、恐らく起きているかの確認も兼ねているのだろう。

起きてから何もしていなかったので、トイレだけ済ませて食堂に向かった。

朝ご飯。普段は絶対食べない量が出てくる。

自分の家でのものだったら平気で残すのだが、出先では出てきたものは必ず完食するという掟を決めている。今のところ破ったことはない。

昨晩と同様に御櫃には白米が詰まっている。

少し苦しかったが、どうにか食べきった。白飯をお代わりするか途中で聞かれたが、やんわりとお断りした。

準備をして会計を頼む。ここのお宿は珍しく後払いだった。ないとは思うが…お代を支払わずに逃げられたら、どうするのだろうか。

休業日なのに泊めて頂いたお礼だ。請求された7300円より多く8000円を出し、お釣りは要らないと伝えた。それに対して宿のおばあさんは『これからお金がかかるのだから』と遠慮をした。

無理に押し付けるようなことはしない。再びお遍路をするようなことがあれば、また泊まらせて頂く旨を伝えた宿を出た。

次なる札所の方向を念のため確認した。すると宿のおばあさんは、この橋の先にある沈下橋が昨日の雨で通れなくなっているかもしれないとの情報をくれた。二人で手前の橋の水量を見に行く。

おそらく大丈夫。そう、お墨付きを頂いた。これで安心して進める。お礼を言って手前の橋を渡った。

だが安心できない点があった。初日に破れていたリュックサック。宿を出る時に、そこに乾かしてもらっていた、ポンチョを畳んで入れていた時のこと。

ベロリ。

壊れていたのは一部分だけだったのに、3/4がとれてしまった。本来は少しものを詰めたぐらいで壊れる構造になっていないと思う。

売った人か、店員が何かでくっつけたのを疑いたくなってしまう。取り敢えずでいいなら何とかしなくては…。

正直リュックの方はどうでもいいから、このポンチョをしまいたい。取り出し易さを考え、リュックの背面側に入れていたのだが…。

コンパクトになるように、ポンチョを袋にしまった。だがその状態でもリュックに入らなかった。

解決作を模索する。リュックの両サイドに使えそうなモノがついていた。何となく使えそうで持ってきたけど、活躍の機会があるとは。

カ〜ラ〜ビ〜ナ〜。

リュックの上と下あたりの良さげなところにカラビナをそれぞれ付け、ポンチョの入れ物を括り付けた。

パッとした思いつきの割には、存外これが安定していた。左右には少し動くものの、範囲もコンパクトだ。気を取り直して再度出発する。

カカシたちに見送らながら歩く。

ほんの3分ほど歩くと、直ぐに森の中に入った。昨日、雨が降っていたため下のアスファルトが濡れている。日課ツイートをしながら歩いていると、右足を滑らせた。

何とか踏みとどまり転ばずにすんだものの、その勢いでスマホがポーンと1mぐらい前に飛んでいってしまった。

10!10!10!スマホは飛び出した、その体勢のまま背面から着地した。画面を確認し、割れていないことを確認し安堵する。画面側が下になって落ちていたら、どうなっていたことやら。

飛んでいった先が普通の道路だったというのもラッキーだった。崖の下や、川だったら…そんなことを想像して恐ろしくなった。歩きスマホ、ダメ。ゼッタイ。

そこから直ぐに宿のおばあさんの言っていた沈下橋が見えて来た。

車が通れないほど細い。

地元の子供は自転車で渡る遊びとかやってそうだ。いや、流石に危険か。

少し心配していたが無事に通れそうで何より。透き通った綺麗なエメラルドブルーの色に感動しながら渡りきる。

渡った先では幅が広めの道路に出た。それにしても自然な豊かだ。ここをバイクで走ったら気持ちいいのだろうと考える。

すると向かいからバスがやってきた。バスの中を見ると今から通学するであろう学生が沢山乗っていた。ここらへんの学生は、徒歩や自転車では通うのが厳しいぐらい遠い場所に学校があるのだろうか。

そんなことを考えていると、どこかの学校のチャイムがなった。スマホで時間を確認すると8:00を表示していた。

暫く歩くと再び民家が増えてきた。よく見ると道路の先に10人ほど固まって歩いている。大人が3人、それ以外が小学生ぐらい子供だ。

観察しながら歩いていると、どうやらゴミ拾いをして歩いているようだ。なんて素晴らしい。きっと心が綺麗に育つのだろう。

近くを通りすぎる時に挨拶をしようと思っていたが、子どもたちから、おはようございます!の先制攻撃を喰らってしまった。一人が言うと続々とそれに続く。

挨拶を返し、ゴミ拾いですか?と聞くと引率の先生がそれに答える。どうやらあっていたようだ。私も見習いますと言い、先に向かった。

自分はゴミなのに回収されなくて良かった!

鮎食橋という目を引く名前の橋を渡る。暫くすると小学校が見えてきた。さっきの子どもたちはここの生徒だろうか。そう考えながら歩いていると、どうやら近くにトイレがあるらしい。行けるにうちに行っておこう。そう思い道を外れると…

なんと小学校の敷地の一角に建てられていた。

マジかよ…不法侵入し放題ではないか。うちの地元の小学校は校門があったし、それを越えようものなら不審者として通報されてたり何かもした。

トイレを済ませ、近くのベンチに腰掛ける。すると先ほどの子ども達がゾロゾロと入ってくるではないか。

やはりここの生徒だったのか。前ならえをして小学生が並んでいく。何かを先生が話して解散となった。みな玄関に吸い込まれていく。自分も行こうか…小学校を後にした。

今日初めての距離確認。

植村旅館まで行っておいて良かった。朝から25kmは丸々は中々堪えるだろう。

このような道が暫く続く。

ここの道は随分と車の通りが多い。今までが少なすぎたというのもあるが。そして時には路側帯が狭く、車道を歩かなくてはいけない時もある。速

度を出し易そうな道なので、かなりのスピードで横を抜けて行くこともあった。怖い。

だが悪いことばかりではない。この道路は川に沿って作られていた。たまに立ち止まって、眺めてしまう。本当に綺麗だ。

水深が深いと色が濃くなる。

暫く歩くと民家が増えてきた。びわを回収しているおじいさんがいた。仕事ぶりを見ていると、おじいさんがそれに気づいたのか手招きをした。喜んで向かう。

なんとビワを頂けることになった。最初は何個か持っていって食べようと思っていた。しかしビワは傷むのが早いのでおススメはしないとのこと。その場で皮を剥き齧り付く。

皮は汚いが剥けば大丈夫。

甘い!想像以上だ。ビワの木は沢山見かけたのだが、収穫されている様子のある木はなかった。だから大して美味しくないのだろうと思っていた。

無人販売所もあったが売られている様子はなかったし…。単純に面倒なのだろうか。

ビワは千葉県の何気に特産品でもある。ビワの話を少しして、気になっていた川の話を聞いてみた。

なぜこんなに綺麗なのかというと、ダムが作られていないからだそうだ。ダムを作るとそこに貯めるから濁ってしまうのだろうか?

また鮎食橋の話が出てきたため、それについて聞くと昔は沢山の鮎が取れたらしい。乱獲しすぎて今では殆どいなくなってしまったらしいが…それで現在は決まった時期にしか取ってはいけない決まりになっているそうな。

また橋について沈下橋について聞いた。なんでも徳島県では、その橋は沈下橋ではなく潜水橋(せんすいきょう)と呼ぶらしい。

他の県との差別化を計ったのだとか。実際に名前だけでなく形も違うと話していた。潜水橋は沈下橋と違って、端の部分が少し高くなっているとのこと。言われてみれば確かに。

他にも潜水橋で誰か流されたりしないのかを聞いてみた。何と1年に2回ぐらいはそんな話が飛び込んでくるのだとか。近道したいが為に行けるやろ!で通ってダメで流されるのだとか。

色々な話を聞けたので、ここらでお暇することにした。面白い話が沢山聞けた。良かった。お礼を言い先に進んだ。

あと1.8km。少し休憩していく。
第十三番札所、大日寺。

過去最長の22.7km。長い道のりだった…ここからの札所は短い距離で連なっていたのでパパッと紹介する。

第十四番札所、常楽寺。

大日寺から2.3km進むと常楽寺がある。ここは近くに溜池があって、ずっとウシガエルが鳴いていた。

道中、用水路にウシガエルを見つけて写真を撮ろうと思ったのだが、何かを察して逃げてしまった。

ウシガエルは実物を初めて見たので、リアルにデカくて驚いた。逃げる時に鳴った大きな音で違う意味でも驚かされた。

第十五番札所、国分寺。

国分寺は写真撮り忘れて、ネットから拝借いたしました…。阿波ナビさんから頂いております。

国分寺への道中、見覚えのある姿が向かいから歩いてくるではないか。また再び会えるとは。そう霊山寺で出会った台湾の方である。これで会うのは3度目だ。

お返しをしたかったので、会えてとても嬉しかった。2度と会えないかもしれないと思っていたからだ。取り敢えず、以前頂いたハッピーターンモドキのお返しにハッピーターンを渡した。

その後、翻訳アプリを使って会話していく。まずは最大の壁であった、焼山寺の話になった。

何時間で登ったかという問いに5 hoursと答えると彼女は5!?amazing!と驚いていた。同じ問いで返すと指でイーアンサンスーと数え始め、7時間と答えた。英語がダメダメなので、翻訳で登れるだけですごい!と伝える。

しかし彼女はスタンプが貰えなかったと悔やんでいた。御朱印のことだろうか。恐らく納経所の営業時間に間に合わなかったのだろう。

次はその日どこで泊まったのかと聞かれた。日本語で植村旅館と言ったが、案の定伝わらなかったので昨日の歩行ルートを写真で見せる。

またも彼女は驚いた。登り終わってから、そこから、さらに歩いていたと知ったからだ。なぜ歩いたかと聞かれたので、出来るだけ前に進みたかったと答える。その答えに彼女は納得していた。

次は何時に寝たかと聞かれた。昨日は午前1時に寝ました。他にやることがあったからです。と翻訳で伝える。もちろんここでいう、他のやることとはブログである。しんどい。

ここでも彼女は驚き、walk、eat、sleepと分かりやすく話してくれた。なるほど、歩いて食べて寝るだけ。確かに。自分もブログを書いてなければ、そんな感じだろう。

ここで、なぜ向かい側から歩いて来たのか聞いた。話によると15番を終え、次の16番に行くのに一度戻らなればならないらしい。Googleマップを見せてくれたがその通りだ。

これは国分寺に行ってから気づいたのだが、シールや石柱が示す遍路道は別ルートだった。彼女はがGoogleマップを見てルートを確認するタイプでなければ、3度目の出会いはなかったかもしれない。

最後にこの言葉を伝えたいと翻訳で伝えた。今ここで解き放つ!10回ぐらい練習した(少ねえ)渾身の加油(jiā yóu ジャ ヨウ)!

彼女は笑った。ガンバッテ、ガンバッテ〜。おお…伝わったようである。外国語を話して初めて嬉しかった瞬間だったと思う。話す相手がネイティブがどうかで嬉しさが全然違う。もし仮にこれが日本人の中国語の先生とかだったら、大して嬉しくはないだろう。

遍路が終わったら英語をしっかりと勉強しようかな。

国分寺に入ると台湾の方と話している際に通り過ぎた、ラフな格好をしたおじさんが座っていた。

こんにちはと声をかけて、話を聞いた。もう遍路を回るのは複数回目で、今回に至っては乱打ちをしているらしい。何回も回っているうちに各地域に友達ができ、昨日は高知の友達にボランティアの手伝いを頼まれていたらしい。

話を聞いて気になった点。

お遍路では色んな回り方をしている人がいる。ローラースケートや竹馬で回っている人もいるらしい。

お遍路の本を読むのをおすすめされた。たしかによくわからん寺でも、ガイドさんの話を聞いたりしたら面白くなったりする。一考の余地があるかもしれない。

話を聞いた後、国分寺でお参りを終えた。どうやら綺麗な庭園があるらしいが、先を急ぎたかったのでスルーすることに。納経の際に、歩き遍路のペース見本表の写真を撮らせて頂いた。

ペースが分からなかったので大変ありがたい。

その後、情報を下さった、おじさんにお礼を言い国分寺を後にした。暫くするとおじさんに遠くから引き留められた。最後まで歩けよー!

もちろん!再度お礼を言い、次へ向かった。

観音寺への道中①

何かの貝?だろうか。用水路だか側溝だかの付近の道に大量の貝殻が。一体ここで何があったのだろう…?

第十六番札所、観音寺

第十七番札所、井戸寺。

その後2時間ほど歩き徳島駅まえのビジネスホテルに泊まりました。

ABOUT ME
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脳みそメロンパン
25歳。3年ほど前にバイクで日本を一周したりしていました。
社会の荒波に揉まれ流され漂っております。会社からのお慈悲を頂き休職、遍路の旅に出る。
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